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長野地方裁判所 昭和41年(ワ)146号 判決

原告 水越富枝

右訴訟代理人弁護士 相沢岩雄

被告 神田常正

右訴訟代理人弁護士 鈴木敏夫

主文

被告は、原告に対し、四三万円およびこれに対する昭和四一年二月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

一  申立

1  原告

(一)  被告は、原告に対し、二五三万一、五五〇円およびこれに対する昭和四一年二月七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  仮執行の宣言。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  主張

(請求の原因)

1  スキーロープトウの架設、経営者

(一) 被告は、昭和四〇年一二月ごろから、長野市上ヶ屋字麓原二、四七一番の九五九地籍飯綱山南斜面に、スキーロープトウ(以下本件スキーロープという。)を架設し、冬期右スキーロープ両側のゲレンデ(以下本件ゲレンデという。)におけるスキー客の運送の業務を営んでいるものである。

(二) 仮に、被告が本件スキーロープの架設、経営者でないとすれば、飯綱観光促進会(以下促進会という。)が、本件スキーロープを架設、経営しているものであって、被告は、右促進会の会員であり、かつ会長である。

2  本件ゲレンデの位置

本件ゲレンデ北方には、長野市営のスキーリフト一基が架設されており、その周辺にA、B、Cの三コースを有するスキー場があるが、本件ゲレンデは、右Cコースの南東方に接続する位置を占めている。

3  事故の発生

亡水越洋治郎(以下洋治郎という。)は、昭和四一年二月六日午前一〇時三〇分ころ、右Cコースを経由して本件ゲレンデを直滑降中、同所中央部の雪上に突き出ていた直径約三センチメートル、高さ約五〇センチメートル(雪面からの高さは不明)の桜の木の切株に激突し、その切株が同人の臀部に突きささり、よって同部位挫創および腹腔内出血の傷害を負い、同日午後四時ごろ、長野市大字南長野北石堂町所在の長野赤十字病院において右傷害により死亡するに至った。

4  不法行為責任の発生根拠

(一) 工作物の瑕疵による責任(民法七一七条一項)

(1) 本件スキーロープおよびゲレンデが「土地の工作物」であること

そもそも企業としてのスキーロープの経営は、ゲレンデなしには存在しえないのであるから、両者は不可分一体となって、土地を基礎とする一の企業施設を形成し、民法七一七条にいう「土地の工作物」に当るものというべきである。

(2) 工作物の占有者

本件はスキーロープおよびゲレンデの敷地は、竹内幸三郎および飯綱開拓農業協同組合の所有に属するものであり、被告(ただし、本件スキーロープの架設、経営者が促進会であるときは、促進会。以下同趣旨を被告または促進会という。)は、これを同人らから借受け、本件ゲレンデの管理をなし、これを占有している。

仮に、被告または促進会が本件ゲレンデの敷地を借受けていないとしても、本件ゲレンデとスキーロープは不可分一体の関係にあり、被告または促進会は、少くとも本件スキーロープを架設、稼動させることによって、本件ゲレンデをも事実上支配し、その瑕疵を修補して事故発生を防止しうる立場にあるから、これを占有しているものというべきである。

(3) 工作物の設置、保存の瑕疵

洋治郎の負傷当時、本件ゲレンデの積雪量は約二〇センチメートルで、滑走可能の状況にあり、本件スキーロープも稼動していたにもかかわらず、前記桜の木の切株が本件ゲレンデの中央部に残存していたのであるから、かかる事態は、スキー場において本来予想され得ないものであって、これは、ゲレンデの設置または保存の「瑕疵」というべきである。

(二) 民法七〇九条による責任(その一)

被告または促進会は、本件ゲレンデと前記のような密接な関係にある本件スキーロープを所有し、これによってスキー客の運送業務を営んでいるのであるから、本件ゲレンデを利用者が安全に滑降し得るように整備し、前記の如き切株は、これを除去し、或は標識を掲げるなどして、危険の発生を未然に防止するに足る措置を講ずる義務があるものというべきところ、右切株を本件ゲレンデ中央に放置し、右注意義務を怠った。

(三) 民法七〇九条による責任(その二)

スキー場においては、負傷者が出ることは当然予測されるところであるから、ゲレンデの管理者は、適当な救護施設を完備して人命の救護に当るべき注意義務があるというべきである。しかるに、被告または促進会は、本件ゲレンデにおいて監視員によるパトロールも行わず、負傷者を護送すべき担架あるいはスノーボートすら用意せず、独自の救護施設を設置しなかったのは勿論のこと、付近にある救護施設の場所すら明示していなかった。右の如き注意義務違反による救護施設の不備のため、本件事故による受傷後の洋治郎に対する救護措置が遅延し、よって、同人は、出血多量のため死亡したものである。

5  促進会が本件スキーロープの架設、経営者である場合の被告の責任発生根拠について

(一) 促進会は民法上の組合である。従って、前記のごとき工作物の設置、保存義務および各注意義務は、全組合員が負うところ、全組合員が右各義務を怠ったのであるから、民法七一九条の趣旨を推し及ぼして、組合員の一員である被告は、他の組合員と連帯して損害賠償責任を負担するものというべきである。

(二) 右主張が認められないとしても、促進会は、権利能力なき社団である。被告は、右促進会の会長として業務執行にあたっている者であって、前項記載の各義務を履行すべき立場にあるところ、これを怠ったのであるから、法人格ある場合と同様に、促進会が損害賠償責任を負うと並んで被告自身も責任を負うべきである。

6  損害の発生、損害額

洋治郎および原告は、本件事故により次の損害を蒙った。

(一) 洋治郎の得べかりし利益の喪失による損害

洋治郎は、本件事故当時満二二年(昭和一八年一〇月二一日生)で、健康体であり、長野市に居住し、同市内の株式会社長野ダイハツモータースに営業第二課員として勤務し、月額一万八、〇〇〇円の収入を得ていたが、その後も同人の稼働可能期間中は、毎年一、〇〇〇円あて昇給(第一回目の昇給は昭和四一年一〇月で、その後同人が満五四年に達する年―昭和七二年―までは毎年一〇月にそれぞれ昇給、以後は据え置き)する可能性があった。

ところで、同年令の男子の平均余命は、四八・四七年(昭和三九年度厚生大臣官房統計調査部作成の簡易生命表による。)と推定されるから、同人が右生存期間中満六三年に達する年(昭和八一年)の九月三〇日までの四〇年七ヶ月間稼働できるものとして、その間の総収入を計算すると、一八一七万四、〇〇〇円となる。そして、総理府統計局発表の昭和四〇年度日本統計年鑑によると、昭和三〇年度ないし三九年度の長野市における全世帯平均一ヵ月間の消費支出は、世帯人員四・二二人につき四万六、一五一円、一人当り平均一万〇、九三六円であるので、右総収入に対する生活費の割合を五〇パーセントとすると、純収益は九〇八万七、〇〇〇円となり、これをホフマン式計算法により事故発生時の一時払額に換算すると二九三万七、一六四円となる。

従って、洋治郎は事故発生時において右同額の損害を蒙ったことになる。

(二) 原告の損害

(1) 医療費

洋治郎は本件事故による臀部挫創等の傷害により、事故当日前記病院に入院してその治療を受けたが、同人の母である原告は、その際の医療費一、〇三〇円の支払をなし、もって同額の損害を蒙った。

(2) 葬儀費

原告は、洋治郎の母として、同人の社会的地位にふさわしい葬儀を行い、その費用として、葬具一式費七、一二〇円、火葬費一、一〇〇円、読経料一万一、〇〇〇円、通信費九〇〇円、写真代二、〇〇〇円、折詰代八、四〇〇円および清酒代五、〇〇〇円合計三万五、五二〇円を支出し、もって同額の損害を蒙った。

(3) 精神的損害

原告は、夫保との間に四男二女をもうけたが、長女、次女は他家に嫁し、また次男、三男も別居して独立の生計を営んでおり、結局原告は夫、長男夫婦および末子洋治郎と同居して洋治郎の扶養を受けていた(長男は本件事故後病死した。)ものであり、洋治郎を本件事故によって失った精神的苦痛は極めて甚大である。そこで、原告に対する慰藉料は一〇〇万円をもって相当とする。

7  損害賠償請求権の相続

洋治郎には妻子なく、父保と母原告とがその相続人となったが、昭和四一年八月一三日、右相続人間の遺産分割協議の結果、原告が洋治郎の被告に対して有する前記得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を取得した。

8  よって、原告は、被告に対し、民法第七〇九条、第七一七条に基づき、前記得べかりし利益の喪失による損害金二九三万七、一六四円のうち二〇〇万円、医療費支出による損害金一、〇三〇円、葬儀費支出による損害金三万五、五二〇円および精神的損害金一〇〇万円のうち五〇万円の合計二五三万六、五五〇円から被告より填補された香典五、〇〇〇円を控除した二五三万一、五五〇円およびこれに対する各損害発生後である昭和四一年二月七日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する答弁)

1(一)  請求原因1(一)の事実中、昭和四〇年一二月ころから飯綱山南斜面にスキーロープが架設され、スキー客の運送を行っている事実は認めるが、それは被告が行っているのではない。

(二)  同1(二)の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、洋治郎が原告主張のころ、その主張の経緯で本件ゲレンデに至った事実、同人が負傷した事実およびその主張のころ同人が長野赤十字病院において死亡した事実は認めるが、本件ゲレンデ中央部にその主張のような切株が残存していた事実および右負傷がその主張のような経緯で生じた事実は否認し、その余の事実は知らない。

洋治郎の負傷は、本件ゲレンデにおいて生じたものではない。

仮に、その主張のような経緯で負傷したとしても、後記のように同人の負傷とその死の結果との間には相当因果関係がない。

4(一)、同4(一)(1)の主張は否認する。本件ゲレンデは、降雪という自然の力で滑走可能の状態になったもので、何ら人工を加えたものではないから、本件ゲレンデおよびスキーロープの全体を民法七一七条にいう「土地の工作物」ということはできない。

(二)  同4(一)(2)の事実中、本件スキーロープおよびゲレンデの敷地が竹内らの所有に属することおよび同人らから促進会が本件スキーロープの敷地を借受け使用している事実は認めるがその余の事実は否認する。

(三)  同4(一)(3)の事実中、本件ゲレンデが滑走可能の状況にあり、本件スキーロープが稼動していた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

本来ゲレンデにおいては、常にある程度の危険が内在しているのであって、スキー客は、自己の責任において、敢えて右危険を冒すものというべきである。本件ゲレンデは勾配は一〇度以下、スキーロープの全長は約一三〇メートルで、初心者向のゲレンデであるから、仮に原告主張のような切株が残存していたとしても、これをもって、通常ゲレンデに内在する危険の程度を越えるものとはいえない。また、積雪二〇センチメートルの場合には、ゲレンデに種種の障害物や地面が露出するのは当然であり、かかる危険な状態は一目瞭然であるから、これをもって民法七一七条にいう土地の工作物の設置等についての「瑕疵」ということはできない。

(四)  同4(二)の主張は否認する。このような場合、被告または促進会には、危険防止のための措置を講ずる義務はない。仮にかかる義務があるとしても、被告または促進会は、切株が残存していたとされる箇所附近に、危険を表示する赤布を付けた繩を張り、スキー客が右箇所に接近しないよう必要な措置を講じた。従って、スキー客が右切株に衝突するような事態は、通常起りえず、起ったとしても、それは稀有な事態であるというべきであるから、もはや被告または促進会には注意義務違反を問われるいわれはない。

(五)  同4(三)の事実中、被告または促進会が監視員によるパトロールを行わなかった事実、負傷者を護送すべきタンカ等の用意がなかった事実および救護施設を設置せずその場所を明示しておかなかった事実は認めるが、その余の事実はすべて否認する。

本件スキー場の近くには、医師、看護婦が駐在して直ちに救護活動のできる状態にあり、本件事故の場合においても、救護は適切に行われ、洋治郎は応急措置を受け、負傷後一時間以内に病院に到着したのである。従って、被告または促進会には負傷後の救護措置の点においても過失はない。

また、本件挫創の程度の傷害で死亡するということは、通常考えられず、洋治郎の負傷と死亡との間には相当因果関係はない。

5(一)  同5(一)の主張は否認する

(二)  同5(二)の主張のうち促進会は、被告を会長とする権利能力なき社団であることは認めるが、その余は否認する。

6  同6の事実中、洋治郎および原告が本件事故によって損害を蒙ったとの事実は否認する。その余の事実は知らない。

7  同7記載の事実は知らない。

(被告の抗弁)

1  工作物設置等の瑕疵についての原告主張事実に対する抗弁

前記のとおり、被告または促進会は、切株が残存していたとされる箇所附近に、危険を表示する赤布を付けた繩を張り、スキー客が右箇所に接近しないよう必要な措置を講じた。従って、原告主張の如く工作物設置等の瑕疵により損害が発生したとしても、被告または、促進会は、損害の発生を防止するに必要な注意を尽したものというべきであるから、原告に対して損害を賠償すべき義務を負ういわれはない。

2  過失相殺の抗弁

仮に、被告または促進会が、損害賠償義務を免れないとしても、切株の残存していた箇所には前記の如く繩が張られ、普通の滑走コースからはずれており、また切株の存在は一目瞭然であったのであるから、洋治郎が通常の注意を払っていたならば、右切株との衝突を容易に回避しえたものというべく、それにも拘らず回避しえなかったのは同人の過失によるものというほかはない。しかして右過失は、被告または促進会のそれに比して極めて大きく、原告の損害額の算定に当ってはこの点十分斟酌されるべきである。

(抗弁に対する答弁)

被告の抗弁事実はすべて否認する。

三 証拠≪省略≫

理由

一、本件事故の発生

1  洋治郎が、昭和四一年二月六日午前一〇時三〇分頃、飯綱山南斜面にあるスキー場の通称Cコースを経由して、右Cコースの南東方に接続する位置を占め、被告が会長をしている促進会が架設、経営する本件スキーロープ(原告は、第一次的に被告が本件スキーロープの架設、経営者であると主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はない。)脇の本件ゲレンデ(長野市上ヶ屋字麓原二四七一番地籍所在)を滑降中負傷し、同日午後四時頃、長野市北石堂町の長野赤十字病院において死亡したことは当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫を総合すると、洋治郎は、右Cコースから本件ゲレンデに進入し、本件スキーロープ沿いに、同ロープより約十二・三メートル右側(本件ゲレンデ南側の右ロープからほぼ三分の一位中央寄り)を直滑降中、本件スキーロープ終点の動力小屋から少し下った地点あたりで、ぐっと腰を落した体勢から、何物かにひっかかってその体勢を崩されたような格好で、その地点の直ぐ下にある高低差約二メートルの崖状の斜面を転落して、約一一・七メートル下方(東方)のゲレンデ上に俯けに転倒したこと、本件ゲレンデ上の洋治郎がその体勢を崩された地点には、固く踏み固められた深さ約二〇センチメートルほどの雪で覆われた地表に(因に、当時本件ゲレンデの踏み固められていない箇所の積雪量は、ほぼ四〇センチメートル前後であった。)、長さ約一・五三メートル、先端の径約四センチメートル、末端の径約八センチメートルと長さ約一・五メートル、先端の径約三センチメートル、末端の径約六センチメートルの二本の切倒された桜の生木が十字形に放置されて凍りついており、その前者の先端から約二〇センチメートルの箇所からは長さ約四八センチメートル、直径約三センチメートルで、その先端が鋭利な形に刃物で切落された枝が一本出ており、その枝は、洋治郎が転倒した直後においては、本件ゲレンデの斜面上方(西方)に向って、斜めに約三〇度位の角度で雪面から約三〇センチメートル位突出していたこと、洋治郎は、右転倒後約一〇分ほどして、駈付けた人々に救護されて運び去られたが、その跡には、相当多量の流血がゲレンデの雪面に染み込んでおり、同人は、同日午後四時頃長野赤十字病院において、臀部挫創および腹腔内出血の傷害により惹起された失血により死亡するに至ったことを認めることができる。

右事実からすれば、洋治郎は、本件ゲレンデを滑降中、その雪面から突出していた右桜の枝に、その臀部を突き当てて、右傷害を負い、その結果死亡したものであると推認するのが相当である。

3  尤も、≪証拠省略≫によれば、右桜の枝には血液の付着(≪証拠省略≫によれば、右枝の先端付近に血液様のものが付着していたとされている。)は確認できないことが認められるが、右認定の事実関係からすれば、右桜の枝が洋治郎の臀部に突刺さったのは極めて瞬間的なことであると解されるから、右桜の枝には当初から血液が付着していなかった可能性も絶無とはいえないことに加えて、≪証拠省略≫によれば、右桜の枝に当初洋治郎の血液が付着していたとしても、右鑑定のための血液検出反応検査施行時(昭和四三年六月五日着手し、同年七月一日完了した)までの保管状態如何によっては、付着血液が落ちる可能性(特に、乾燥状態においてよりも、湿潤状態の下においてその可能性は高くなる。)も残されておるところ、右桜の枝は、洋治郎の受傷直後、その場に居合わせた新海テル子によって、押折られてその付近に遺棄され、翌七日午後、事故現場付近の吹き溜りの雪中に埋れていたのを、長野警察署の捜査官により発見され、業務上過失致死被疑事件の証拠物として領置されたが、約一週間後に本件事故を刑事々件として立件しないことに決定してからは、格別の被覆も施されないままで、同署のキャビネット内に保管されていたことが認められることからすると、右鑑定の結果は必ずしも右認定の妨げとなるものではないというべきであり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二、土地の工作物の設置、保存の瑕疵

そこで、次に洋治郎の受傷が土地の工作物の設置又は保存の瑕疵によるものか否かについて判断する。

1  ≪証拠省略≫を総合すれば、本件ゲレンデの北方には、昭和三八年六月、長野市が飯綱高原総合開発の一環として企画し、飯綱山麓の南側斜面の解放国有林野と市有地を主として、昭和四〇年秋に完成した国設飯綱高原スキー場が展開しており、同スキー場には、そのほぼ中央部に全長約九〇〇メートルの市営のスキーリフト一基が南北に架設され、右リフト終点から左右に分れて通称A、B、Cの三つの滑降コースが設けられており、本件ゲレンデは、右Cコース(全長約一六〇〇メートルでやや西方に弧を描いて右斜面を南下し、洋治郎の転倒地点の西北方約三〇〇メートル付近で緩かに東南方へ彎曲している。)に接続する位置を占めていること(右スキー場と本件ゲレンデの位置関係については争いがない。)、本件ゲレンデは、右コースが、本件スキーロープ終点の動力小屋の北西約三〇メートル付近で再度東北方へ屈折するあたりから、北西方向より南東方向へ向って、約二〇〇メートルにわたり、全体に一〇度前後(洋治郎の転倒地点は約八度)の緩かな傾斜をなして、末広がりにほぼ三角形(その底辺部の巾員は約二〇〇メートル)に広がる斜面であって、本件スキーロープ終点の動力小屋周辺の土地は、飯綱開拓農業協同組合(以下組合という)の採草用共有地であるが、洋治郎の転倒地点の直ぐ下にある前記崖状の斜面を境として、その東南方の本件ゲレンデの大部分を占める土地は竹内幸三郎所有の畑であること、本件スキーロープは、昭和四〇年一二月に、促進会(促進会の法的性格については後述する。)が、三〇名の会員から一人当り四万円の資金を拠出させて、本件ゲレンデの中央部、ほぼこれを南北に二分する位置を走る竹内幸三郎の私設農道を冬期間のみ使用する約で借受け、これを主たるロープ敷地として架設し、翌四一年一月一日から稼動をはじめたものであって、巾員約二メートルのロープ敷上を、終点の動力小屋に設置した動力源により、片道約一四〇メートルの間にわたり、環状のロープを上下に回転させて、スキーヤーを本件ゲレンデの上方に牽引する方式のもので、促進会は、本件スキーロープのうち常設の設備であるロープ終点の動力小屋(ロープはシーズンオフには取外される。)の敷地については、当初右小屋を建築した際に、その所有者である組合に対し、謝礼として、三、〇〇〇円を支払っているが、右以外のゲレンデ用地については、格別の使用料も支払わずに、組合員の大半(二〇名中一六名)が促進会会員でもある右組合の黙示の許諾の下にこれを利用しているものであり、竹内幸三郎(同人は右組合の組合員であり、且つ促進会の会員でもある。)に対しては、本件スキーロープおよびゲレンデ用地の使用料は一切支払わないが、本件スキーロープの利用券(一回一〇円)の販売を同人に専属的に委託し、その売上げの一割を報酬として与えることとしていたこと、そこで、竹内幸三郎は、促進会々長である被告の意を体して、昭和四〇年秋頃、右組合所有のゲレンデ用地の濫木類の刈取りをしたのを手初めとして、本件スキーロープ稼動開始後は、その利用券の販売に従事する傍ら、時折、自ら、または促進会が臨時に雇傭した使用人をして、本件ゲレンデの見廻り、点検をさせ、スキーヤーの転倒によるゲレンデ表面の凹凸を均らしたりさせるなど、事実上その管理に当っていたこと、なお、本件ゲレンデは、前記崖状の箇所を除いては、概ね平坦で緩やかな斜面をもつ初心者向コースであり、本件スキーロープの利用者は、ロープ終点から本件ゲレンデの左右(南北)どちら側の斜面をも滑降することが可能であったが、本件スキーロープの利用者以外でも、特に前記Cコースを滑降して来るスキーヤーにとっては、前述のとおり、同コースがロープ終点の動力小屋の北西約三〇メートル付近で、鋭角に北東方向に折れ曲っている(傾斜も一五度位とこの辺ではやや急になっている。)関係上、本件スキーロープ南側のゲレンデがその直進方向に当るため、(なお、付言すれば、右Cコースと本件ゲレンデとの間には界標もなく、その往来を妨げるものもない。)右ゲレンデは、本件スキーロープの利用者のみならず、Cコースを滑降して来るスキーヤーによっても頻繁に利用されており、しかも、そのほとんどのスキーヤーは、本件ゲレンデの洋治郎が通過しようとしたあたりを滑降していたことを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

2  右事実からすれば、本件スキーロープが土地の工作物に該当するものであることは疑いないものというべきであるが、スキーロープは、それ自体としては独自の存在価値をもたず、ゲレンデと共に存在することによって、はじめて本来の機能を発揮し得るものであり、ゲレンデとなる土地は、主として自然の地勢を利用するものではあるが、一般には、樹木の伐採や地均らし工事等その土地についても或程度の加工が施されるのが常態であることは顕著な事実であるというべきであり、現に本件ゲレンデにおいても、右にみたように、積雪前においては灌木等を刈取り、滑走可能となってからはその雪面の整備をする程度の人工は加えられているのであるから、本件スキーロープとゲレンデとは、全体として土地を基礎とする一個の企業設備を成すものであって、土地の工作物に当るものとみるべきであり、このことは、本件ゲレンデの利用者が、前述のとおり本件スキーロープの利用者のみに限られていないからといって、かわるところはないというべきである。

3  そして、前記一の2に認定した事実からすれば、洋治郎の受傷の原因となった枝のついた桜の伐倒木は、積雪前に本件ゲレンデ用地上にあったものとみられるから、かかる伐倒木が、その通常の滑降コースをはずれていない箇所に除去されずに放置されていたこと自体、≪証拠省略≫により認められるように、積雪一五センチメートルで滑走可能とされている本件ゲレンデとしては、ゲレンデとしての本来あるべき状態を欠如していたものというべく、このことは、右認定の如き土地の工作物としての本件スキーロープおよびゲレンデの設置若くは保存の瑕疵にあたるものといわざるを得ない。

三  被告の責任

そこで、進んで被告の責任の有無について判断するために、まず促進会の法的性格について検討する。

1  ≪証拠省略≫によれば、促進会は、昭和三四年頃、飯綱高原に長野市営キャンプ場が開設されたときに、市の勧奨もあって、当初は会員五・六名をもって結成され、主として道標の作成、設置等の奉仕活動に従事していたが、昭和四〇年に至り、前記スキー場の建設が開始されたのに伴い、その付近に旅館、民宿等もできるようになったことを契機として、宿泊料金の協定、除雪、スキー客の招致、スキー場経営等飯綱高原の観光開発を主目的(会則第二条)とする団体として、会員数も三〇名と飛躍的に増加するとともに、「飯綱観光促進会々則」なる会則も制定されるに至ったこと、右会則によれば、促進会は、その執行機関としては、代表権を有し、会務を統轄する会長一名とこれを代理する副会長一名、会計、総務各一名のほか若干名の役員をおくことができる(第四条ないし第六条)ことになっており、その意思決定機関としては、原則として年一回開催される総会(第一〇条)があり、会の運営費は、年二月(三月と九月)に徴収される会費と寄附金で賄う(第一二条および第一四条)こととされていること、そして、その実際の運営をみると、役員としては、会長一名、副会長一名、会計一名が選任され、会長には、結成以来被告が就任して、これを統轄しており、当面のところ、収入としては、本件スキーロープの経営による売上のみであるが、そのうちから右営業のための経常費(諸設備の償却費、臨時雇使用人の日当等)を控除した収益の一部は、一〇年々賦の予定で本件スキーロープ建設に当り、会員が拠出した資金の返済に充てられ、残余は、各地のスキー場施設見学のための研修旅行の費用に使われており、総会も年一回は開催され、決算報告や右研修旅行等の行事予定が協議決定されていることが認められるから、冒頭掲記の如き促進会設立の目的からして、その会員資格には一定の制限(第三条、「本会は、長野市大字上ヶ屋麓原に住居、又は飯綱高原において観光事業を営む希望者を以て会員とする。」第一三条「本会の入会及び脱退は総会の決議に依るものとする。」)が付せられ、やや閉鎖性を有するとはいえ、一個の団体としての組織を備え、その代表権、総会、財政等についての会則による定めもあり、一応これに則した組織的な活動をなしているものというべきであって、促進会は、昭和四〇年以降権利能力なき社団としての実体を有するに至ったものと認めるのが相当である。

2  そうすると、本件スキーロープおよびゲレンデの占有者が、右権利能力なき社団たる促進会であることは、前示認定の事実から明らかであるというべきところ、社団の占有が認められるのは、畢竟、当該物件がその社団の機関たる者の事実的支配に属すると認められる関係にあることに他ならないから、そのことは、観点をかえれば、一面において、その機関たる地位にある者の個人としての占有である側面をも有するものであることを認めることができる。従って、民法七一七条の適用についても、工作物の占有者が社団である場合においては、これと併んで、その代表機関たる個人にも右工作物の占有者としての責任を認めるべきであり、そうすることが、同法条による被害者の救済を厚くする所以であると解すべきであるから、促進会の代表者である被告は、本件スキーロープおよびゲレンデの占有者として、洋治郎の死傷の結果発生した損害を賠償すべき責を免れないものといわなければならない。

3  なお、被告は、民法七一七条一項但書所定の免責事由を主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は採用しない。

四  損害

1  洋治郎の得べかりし利益の喪失による損害

(一)  ≪証拠省略≫によると、洋治郎は、本件事故当時満二二年(昭和一八年一〇月二一日生)の健康な男子で、昭和四〇年一〇月一八日長野市所在の株式会社長野ダイハツモータースに就職し、同社営業部第二販売課の自動車セールスマンとして勤務し、月額一万八、〇〇〇円の収入を得ていたことを認めることができる。なお原告主張の昇給分については、将来その勤続年数に相応して昇給がなされるであろうことは推測するに難くないが、その期間、率等を明確に認めしめるに足る証拠がないから、本件損害額の算定に当っては、これを考慮しない。

一方、総理府統計局発表の昭和四三年度日本統計年鑑によると、昭和三九年度の全世帯一世帯あたり平均一か月間の消費支出の全国平均は、世帯人員四・二九人につき四万四、四八一円であって、一人当りの月平均生活費は、約一万〇、三六九円であることが認められるので、洋治郎の生活費も、一か月一万円を下らないものと認定するのが相当であり、これを前記月収より控除すると、洋治郎は、本件事故当時月額八、〇〇〇円の純利益を得ていたことになる。そして、同年令の男子の平均余命は、厚生大臣官房統計調査部管理課作成にかかる昭和四二年簡易生命表によると、四九、一九年であることが認められるところ、前記職業に照らし、洋治郎は、今後なお三三年間は稼働することができ、かつその間少くとも右同額の純利益をあげえたものと推認されるので、これをホフマン式計算に基づき、年毎に民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除してその現価を計算すると、一八四万一、六一〇円(円未満切捨)となることは計算上明らかであるから、右一八四万一、六一〇円が洋治郎の得べかりし利益の喪失による損害である。

(二)  相続

≪証拠省略≫によると、洋治郎には妻子がないので、母である原告および父保がその相続人となるべきところ、父保は、善光寺大勧進に勤務することから、相続人として本件訴訟を提起することを避けるため、相続の放棄をなし、原告が洋治郎の唯一の相続人となったことが認められるから、原告は、洋治郎の右逸失利益の損害賠償請求権を相続により取得したということができる。

2  原告の損害

(一)  医療費

≪証拠省略≫からすると、洋治郎が長野赤十字病院に入院し診療を受けた際の入院料等一、〇三〇円は、原告が支払ったことが認められるから、これは原告の蒙った損害と認めるべきである。

(二)  葬儀費

≪証拠省略≫によると、洋治郎の葬儀を行うに際し、昭和四四年二月七日、原告は、長野市から借用した葬祭具一式(飾付のみ上級を使用し、他の棺、骨箱、位牌、小物、霊柩車は中級を使用した。)の使用料七、一二〇円、斎場使用料一、一〇〇円、読経料一万一、〇〇〇円、葬儀に使用する洋治郎の写真代二、〇〇〇円、通信費九〇〇円、葬儀の後のお斎の席に出した折詰代八、四〇〇円、および清酒代五、〇〇〇円、合計三万五、五二〇円を支出したことが認められるところ、右金額程度の費用は、社会通念上成人の死者の葬儀を行うに際し通常必要な経費と認められるので、右諸費用の支出によって、原告は同額の損害を蒙ったということができる。

(三)  精神的損害

≪証拠省略≫によると、原告は、夫保との間に四男二女をもうけたが、洋治郎以外の子供達は、それぞれ他家に稼し、あるいは独立の生計を営み、洋治郎だけが未だ独身であったためにその膝下においていたものであって、長野北高を卒業後一回転職して、長野ダイハツに勤務していたが、本件事故当日には東京都一般職員としての採用通知を受けるなど将来性に富んだ洋治郎を不運の事故によって失ったことにより、原告が相当の精神的苦痛を受けたであろうことは、これを認めるに十分である。そして、右の事実にその他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、原告の蒙った右精神的苦痛に対する慰藉料は三〇万円をもって相当と認める。

五  過失相殺

ところで、一般に、スポーツは、常に或程度の危険を内在しているものであって、特にスキーにおいては、その性質上、相当高度の危険性が予測されるものであるから、スキーヤーとしては、自己の技倆に即応した無理のない滑走をするように努めるべきは勿論のこと、滑走中常にゲレンデの状態についても相当の注意を払うべきものというべきところ、前示認定の本件ゲレンデの情況および事故発生の態様からすれば、本件事故の発生については、洋治郎にも相当の過失があったものと認めざるを得ない。

従って、右過失を斟酌すれば、前記認定の本件損害中、被告が、原告に対して賠償すべき義務あるものは、これを四三万五、〇〇〇円の限度にとどめるのが相当であるというべきところ、原告は、その蒙った損害中、五、〇〇〇円については、すでに補填されていることを自認しているので、これを控除すると、結局、被告は、原告に対し、四三万円を支払うべき義務があることになる。

六  結び

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、原告が、被告に対し、損害賠償金合計四三万円およびこれに対する本件事故発生後である昭和四一年二月七日以降支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので、これを認容し、その余の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西山俊彦 裁判官 落合威 松山恒昭)

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